県外の大学に進学した息子【がんばれ子離れ】

子供の県外大学進学

息子が大学3年生になった今でも、この時期になったら、

「県外の大学が第一志望」

と言われた時の事を思い出します。

 

たくさん大学のパンフレットを取り寄せましたが、

寂しいので、県内の大学で息子の行きたい学科が無いか

私の方が必死になって探していました。

なかなか無い学科に行きたがっていたので、やっぱり無かった。

 

高校の先生との三者面談で、

「県外の〇〇大学が第一志望」

と息子が言った時は、分かってはいたけど胸がキュンとなりました。

 

コロナ渦で、大学に直接行けるオープンキャンパスは無く、

AO受験で初めて息子と大学に行きました。

「あー、ここにこの子が通うんかなぁ」

といろいろ辺りを見回しました。

 

息子が小さかった時から、大学は家から通える所に行くよね!

と願望を思いっきり込めて、勝手に思い描いていたので、

そこの大学に受かった知らせが来た時は、

 

「あーきたきた。やばい。胸が苦しすぎる・・・。やばいやばい。

世の中の先輩お母さん達はこんな思いどうやって乗り越えて来たんだろう。尊敬する。」

と、子離れできないお母さん丸出しで、世の先輩お母さん達の事を考えました。

先輩お母さん達、凄すぎます。

 

寂しすぎて、毎日があまり楽しくなく過ごしていましたが、

受かったら、今度は住まい探しのためまた新幹線で1泊2日。

住まいが決まったら、今度は入学式のため息子のスーツや靴一式購入、

次は入学式と引っ越しのため今度は新幹線で2泊3日の手配。

 

でも、この2泊3日の手配は、私の分だけです。

息子は片道切符のみです。切なさがすごくて、この子を県外に置いて帰れるか、

帰りの新幹線に一人で乗っている私を想像しましたが、

そのたびに目がウルウルしてきました。

大学入学に新生活。息子の人生ですごく晴れがましい事なのですが、とにかく寂しいです。

 

入学式終えて、新しい住まいへの引っ越しも終わりました。

とうとう息子を置いて、自分だけ家に帰る時間に。

改札でバイバイして、1人で切符を通し、ゴロゴロキャリーバックを引いて。

このキャリーバックも息子が交代で引いてくれていたのに…

『あー、目がウルウルしてきた。でもこれ以上考えたら号泣になってしまう。

とにかく無になろう、無』

 

とにかく何も考えずに新幹線で過ごそうと決めました。

新幹線が出発し、ゆっくり進み始めたところで、息子が今から過ごす町の景色を、

「あの辺が息子の家だなぁ」と見るけど「無になれ無になれ」と無になって、

「今度息子が帰省する時、一人で新幹線に乗れるか?」→無になって、

「病院の下見に、もう何件か行っておけば良かったか?」→無になって、

「部屋の棚はもう1個あった方が良かったか?」→無になって、

「明日から息子が家にいない状態で、どんな気持ちで過ごすのか?」→無になって

「目がウルウルしてきた」→無になって

 

これって無になれてる?と思いましたが、そうこう『ひとり葛藤劇場』している間に、

私と同じ境遇の同僚ママからラインが。

「泣いてないですか?なんか、ここ数日間は夢の中にいるようで。

明日からまたいつもの毎日に戻るね」 と。

 

ひとり葛藤劇場がつらくなってきた頃にそのラインが入ったので、

「私だけが寂しいんじゃないんだ」

という思いにさせてくれました。

 

本当に、季節は春だし、きれいで満開の桜を見ながら、新生活の買い出しに行き、

知らない店で少し豪華なランチを息子と食べ、寂しいけど小旅行でもあり、

色んな意味で「夢の中にいるよう」という同僚のママの表現がピッタリでした。

 

県外の大学進学は大変だと聞いていましたが、本当に精神的にも金銭的にも大変でした。

『かわいい子には旅をさせないと』

と、一人葛藤劇場の最後には行きつく言葉を用意して頑張りました。

 

今は大学も折り返して、3年生。早いな。

今から子供さんを県外に送り出すお母さん達、大丈夫ですよ。

だんだん子供がいない家に慣れてきます。

今はスマホで気軽に安否確認ができる世の中なので、

私の様に、ここまで寂しがる必要もなかったかもしれません。

就職でも、もう地元には帰って来ないと思いますが、

安心して息子が帰れる家を保っていこうと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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